今年の音楽生活を振り返って~アキオシロートマグル編~

はじめに

(個人的に思う今年を代表する新名所、GINZA SIXの中で展示されてた草間彌生さんの作品)

 

 今年も残すところ後少し、師走というのは言い得て妙なものでどこか急き立てられるような気持ちもある。

 音楽の話をする前に少し身の上話をさせて欲しい。自分を取り巻く環境の変化が音楽生活に直結しているからだ。

 恋人との関係の始まりもそうだが、自分のルーツの1つである台湾に行ったこと、そして身内や好きだったスターなど、さまざまな形の死別を経験したこと。

 これらが連なって今年は新規開拓もそこそこに、

上半期は「ダークでマニアックな音楽への回帰」、下半期は「叙情的音楽への原点回帰

に直結してることを感じた。

 まあ、ここで執筆を始めたことも大きく関係しているのだけれども。

    そして導かれる今年の総括を、大雑把にだが振り返りたいと思う。



上半期

 まず、自分にとって音楽の始まりになったとも言えるルーツ・ミュージックへの回帰が挙げられる。

 具体的にあげると、アンダーグラウンド要素の強い日本のロック、アニメソング、ノイズ、インダストリアル、V系になる。

    まあ、変にジャンルを限定したわけではなく後付なのだけど・・・。

 上半期に絞るとまず、ノイズやインダストリアルなどの非ロック、非ポップ的構成の音楽・・・他の要素をひとまとめにすると・・・「ダークでマニアックな音楽への回帰」である。

もちろん新譜としては

 こういうのとか他にも少し書いてるのだが、まあ・・・Plastic Treeだってそもそも自分のルーツの一つだからね、あんまり新規開拓はしてないな。

 ただ、なぜダークな音楽に偏ったのか自分なりに考えてみた。

 記事を見てもらえば分かる通り、僕の記事は他の人たちと明確にジャンルが異なる。

 理由は差別化と得意分野への特化に尽きていて、自分の立ち位置を確立しようと自然と考え、レビューする音楽が自然と得意分野に特化していた結果である。

 ただ、上半期に聞く音楽からなぜロックやポップな要素が排除されていったのかはあまり自分でも説明ができない。レビューでこそ一応ロックを書いてるけど聞いてる頻度は圧倒的に非ロック的な音の構成をした音楽が多いし。なので書きながら考える。

上半期の聞いてた音楽、一例を上げると、


灰野敬二 - うまくできない

とか


青木裕  / Open the Gate ​(​feat. MORRIE) MUSIC VIDEO / from "Lost in Forest"

とか


 Dead Can Dance - The Host of Seraphim

とか


Throbbing Gristle - Discipline

 こういうのばっかり、聞いてた。

ロックというと・・この時期は・・・


ASYLUM - Leave me alone


ほんとに、ASYLUMとかトランス・レコード(※)ばっかり・・・

 ※かつて日本に存在していたインディーズ・レーベル。プログレッシヴ・ロック、ニュー・ウェイヴ、ポジティヴ・パンク、インダストリアル、サイケデリック的なバンドを数多く排出しており、非常に独特な雰囲気のバンドが多い。

(ほかにもアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンとかあったけど、割愛しました。)

 「確か、上半期は恋人できたり、自分が台湾とのハーフであることのルーツを確かめに台湾に行ったりまあ良いことあったなのにな・・・」とか正直今書いてて思っているのだが、

その自分にとっての幸せや成長が逆に自分のルーツである、の部分にも目を向けるという結果になったんだろうな・・・・と思う。

 自分でもニッチすぎるなと振り返った上半期だった。



下半期

 下半期は自分にとって様々な形での死別を経験したことが影響してるのか、まず一番に死の重みを再確認する事になった。

 この時に本格的に「叙情的な音楽への原点回帰」に繋がったのだと思う。

 加えて、実は中国語を学び始めたのも影響してるとは思う。外国語を知ることは母国語、引いては母国を再確認することになる。

そうやってひたすらに自分を再確認していった結果「日本的なメロディの音楽への回帰」をすることになった。

 自分でも、この部分はかなり自覚がある。というかここ最近は海外の曲はあまり聞いていない。

 単に日本語の歌詞だから聞くというだけではなく、とにかく和の要素に散見される独特のメロディラインをもった曲を聞くことが多い。V系も広義でいうとこの枠の音楽だろうか。

 また最近だと「あまり明るくない余白の多い曲」を聞くことが多いだろうか。なんというか、メリハリがあって・・・・まあコレこそ叙情的、というのだろう。

 激しい曲も聞いているのだが、ヘヴィメタル的なそれではなく激しさを内面や歌詞に求めることが多くなり、ロック的な曲は自然とV系に偏っている。

・・・ポップなので聞いてるの坂本真綾ぐらいしか思い浮かばない。


具体的には

KASHIWA Daisuke - april.#19 (MUSIC VIDEO) "from Re:"


清春 / LAW'S【Music Video】


cali≠gari-続、冷たい雨


L'Arc~en~Ciel - As If In A Dream 


DIR EN GREY-懐春


まあ、こんなところだろうか。

聞く音楽に明確な偏りが出ているのが自分でも面白い。

自分の中で明らかに、感性に偏りが出ていることを実感した下半期だった。



総括

 上半期、下半期と自分の近況を交えた今年の総括なのだが、自分の中にある美的感覚、特に死に関する感情を物凄く重んじることが多くなった。

それが自分に対しての原点回帰を促したのだと今は言える。

 これはここで書いていて、自分にしか書けないものや自分だからこそ感じ取れるものを突き詰めていった結果でもあるのだが、やはり・・・出逢いと従兄弟の死別を1年で経験したのが大きい。

 死というものは人々が忌避しがちで、話題に出すことも憚られる。

しかし、誰にでも終わりは来るし、死はいつもに隣にいる。

そんな当たり前のことを始まりと終わりを一気に経験することで、実感した

 死を匂わせるもの、始まりと終わりを匂わせるもの。

 やはり、それらの音楽は僕にとっては根源とも言えるし、それに対する理解力は昔とはまるで違う深まり方をしたと感じる。

 新規開拓よりも、自分の原点を見つめ直すことが過去の自分自身への餞(はなむけ)である、そう信じている。


最後に、この曲を締めにしたい。


BUCK TICK「形而上 流星」

 この曲のサビの一節

胸を裂く 破裂する きっと死ぬほど美しい 砕け散る 消えてゆく もっと強く強く 抱きしめて 胸を裂く 破裂する きっと死ぬほど美しい 夢を見た 夢を見た‥

 

 死を物理的な流星の一瞬の煌めきで表現したのかもしれない。

 或いは瞼を閉じれば浮かぶ遠き記憶の中にしまわれた、まばゆくも儚い光芒(こうぼう)に死を重ね合わせているのかもしれない。

そのような想像の余地を与えてくれる好みの表現だ。

 とにかく簡潔に、しかし過不足無く描かれた「死」の極致の歌詞の一端を、皮肉にも自らの体験で理解するとは思っていなかったがこれも何かの始まりなのだろう。


 来年がどうなるかはまだ誰にも、もちろん僕にもわからないが今年得たものは無くしたくないと心から思う1年間であった。



(文:アキオシロートマグル)


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