早熟の天才ギタリスト、華月の命日に寄せて

    これを書いている10月31日は、僕にとって特別な日である。

 1つは、消息不明だった従兄弟が亡くなっていたという連絡を受けた翌日であるということ(冗談抜きで昨日だった)。

 そしてもう一つは、僕にとって大好きなギタリストの1人であり、若き天才ギタリスト、華月の命日であるということ。

(ギタリスト、華月 1981年4月7日~2000年10月31日)



    その前に彼について、そして彼がリーダーだったバンド、Raphael(ラファエル)の説明をしたいと思う。


Raphaelについて

 Raphael(ラファエル)は1997年から2001年まで活動したヴィジュアル系ロックバンド。

そして、2012年に再始動、2016年に解散した。

メンバーは

ボーカル:YUKI(ゆうき、写真右から2番目)

ベース:YUKITO(ゆきと、写真一番右)

ドラム:HIRO(ひろ、写真一番左)

そして、ギターの華月(かづき、写真左から2番目)

    デビュー当時は全員がまだ学生、高校生だった。

 華月はそのバンドの中でもリーダーであり、メインで作詞作曲を行いコンセプトリーダーもであったのだから驚きである。

 ボーカルYUKIのクラシック畑の様な歌い方と華月の書く歌謡曲とネオクラシカルメタル的な旋律が融合した楽曲のクオリティは非常に高かったのが更に驚きである。今の10代でここまで書ける人間が果たしているのだろうか。

    あとhideに憧れてギターを始めたっていうんだから天才というのは惹かれ合うのだろうか。

 彼らは1998年のインディーズリリース当時から破竹の勢いで突き進み、日本武道館公演も達成した。そんな輝かしい未来がまだ待っているであろう2000年10月31日、ギタリストの華月が市販の鎮痛剤の大量摂取による中毒でこの世を去った。まだ19歳だった。

 ちなみに、華月亡き後にバンドは活動休止し、YUKIとHIROは「rice」を結成し変わらぬ音楽活動を、YUKITOは2016年のRaphael解散ライブを持って音楽業界から引退し、現在はジュエリーブランド「KOUHAKU」の運営及び古美術商である(探せばすぐ見つかります)。


 ここからは、僕にとって華月はどんな存在だったのかをこれから少し記そうと思う。



僕から見た華月

 僕がこのバンドと出逢ったのは浪人をしていた19歳、ちょうど今から5年前のことだった。

 その当時、週に1回だけパソコンをやる日を設けて何気なくリンクを漁っていたときに、たまたま彼らを知った。

花咲く命ある限り

 美しい旋律と激しい演奏に引き込まれた。当時、携帯を持たず、誰とも連絡を取らなかったがゆえに孤独だった日々。

    音楽は本当に欠かせなかったのだろうし、自分の中の激情と焦燥感を代弁しているようだった。

 そして、僕はバンドの中でもギタリストの華月を好きになった。自分と同い年でここまでの事ができる人間が居ることに対する尊敬の念もあった。

    まるで違う二人の人生、それはまさに持つものと持たざるものであり、努力の差でもあったであろうことに劣等感もあった。

 何より、悲しかった。コレほどの曲が書ける人間がすでにこの世にいないのに自分がのうのうと日々を貪り生きている。なぜ、こんな人間が早くに世界から退場しなければならなかったのか。なぜ、神と呼ばれるものはここまで不平等なのかと。

    そんな様々な感情を抱えながら、僕は好きになっていた。

 苦しい浪人生活を終え、大学生になって、再始動ライブを観に行き、改めてもう少しバンドの歩みを客観的に見た時、10代でありながらバンドリーダーであることのプレッシャーも半端ではなかったのであろうと感じるようになった。

 それは年齢が上になったから単に感じるようになっただけなのかもしれない。しかし、浪人当時の僕は何よりも子供だったと気づいた。

    如何に早熟の天才とは言え、同じ年齢の人間なのだ。僕には想像もできないような重圧と戦ってきたことは異論の余地はない。あまりにも彼の才能の部分に目を向けすぎたのだ、他人の苦しみを考えようともしなかった。

・・・その先にあるものが死だとしても、不慮の事故とは言え不思議ではない。そう思うようになった。

 大学生のときに心身のバランスを大きく崩し、死を感じたことがあった。その時は周囲の人の支えで乗り切ったのだが、自分の中で気持ちが変わった。

 それは、自分だけじゃなく周囲の死を身近に感じるようになる出来事が身の回りで増えたからだろうし、華月とはもう5歳も年の差が生まれたからかもしれない。自分の状況もガラリと変わった。従兄弟が亡くなったのも関わっているのだろう。

 そして何より、抱えるものが増えたからなのかもしれない。大切な人や大事にしたい信条も生まれた。そして抱えたものは、自分以外の死をもそこに含んでいる。

 すでに同時代を生きることの出来ない好きなアーティストたち。永遠の偶像。そこには華月だって入っている。


昔は、尊敬と羨望の対象として

今は、尊敬と1人の人間であるという親しみも含み

華月が好きなのは変わっていない。

  

 そんな人たちを後世に少しでも伝えるために生きる、ということも考えるようになった。僕らが語り継ぐことの出来るのはほんの少ししかないが、そのほんの少しだけでも語り継いでいきたいと思っている。リスナーとしてできることはそれしかないのだから。色々荷物は増えてしまったけど、それはそれで悪くないなと感じる。

 僕はこれからも華月のいない世界を生きていく。

    後追いの人間だからどこまで言っても、リアルタイムで経験した人間には敵わないのかもしれない。

    それでも、彼らに救われたいちリスナーとして、彼の遺したRaphaelの楽曲とともに歩み伝えていくのだろう、誰か聞いてくれる人が増えると信じて。

    なにより、音楽は時代も国境も年齢も超えるのだから。



曲紹介

 長々と書いたが、彼らの魅力は純粋に楽曲に詰まっている。

    細かいことは言わない。とにかく聞いて欲しい。


1. 花咲く命ある限り

    イントロのギターがとにかく格好良く、ジャーマンメタル的なメロディが非常に美しい。

    様式美というものをコレでもかと言うほど味わえる。何よりこれを書き上げたのは10代の人間なのだから信じられない。


2. eternal wish~届かぬ君へ~

  バンド結成後はじめて出来た曲であり、華月の作詞デビューになった曲。通学中の電車の中で華月が考えたらしい。

 一人称がやたらとっちらかっていたりして荒削りにも思えるが、美しい旋律と優しい歌詞は10代らしい素直さも感じて、今聞くと少し微笑ましく感じる。自分がもう24でだいぶ年齢に開きが出たからか。


3. 不滅花(ふめつか)

 アルペジオとソロとカッティングで楽曲が進む、V系的な様式美を感じる曲。

 全体的に少し背伸びしてるような感があるが、それを越えて有り余る可能性も感じる曲。今となっては未来を見ることはできないが、そう思わせてくれる。


4. Evergreen 

 蒼さと疾走感のある青春を切り取った曲。こういう曲は彼らそのものが10代で青春の真っ只中だったからこそ書けたのだろう。

 メタルというよりは完全に青春パンク的なノリなのだが、よく聞くと歌詞が切なかったりしてそこが味でもある。

    若さっていいよな。こういう気持ちを持ったまま年を取れたら素敵です。


5. Lost Graduation

 華月が16歳のときに書いた曲。ピアノとバンドサウンドの調和が素晴らしく、単純にメロディセンスが秀でていて楽曲として非常に美しい。

 何かを失いゆく脆さ、優しさの双方を歌詞から想起させられるが、その詩的な表現こそが更に楽曲を彩り豊かなものにしている。

    途中で入るアコースティックギターがとても素敵。


6. 秋風の狂詩曲

 僕がこのバンドで一番好きな曲。

 アイリッシュサウンドとバンドサウンドを融合したような切ないメロディと、秋を感じさせる寂しげな歌詞。ストリングスとアコースティックギターの相性が素晴らしい。

 何回も言うけどこれ含めRaphaelの楽曲を10代の人間が書いたなんて、今でも若干信じられないくらいだ。

「風が木葉の色をかえ琥珀を纏えば 響き渡る正午の鐘に告げる片思い」

一生こんなの思いつきそうにない。


7. Raphael -Starring 華月- -eternal wish ~届かぬ君へ~

 2012年の再始動に向けたeternal wish ~届かぬ君へ~の再録

 しかしもちろんギターはすでにこの世を去っているわけで・・・・。

 そこで残ったメンバーは代理を立てるのではなく、ライブやフリプロ(レコーディング前にやるアレンジとか・・・いろんな作業だと思ってください)で華月が弾いていたテイクを探して再録に使うことにしたらしい。

 メンバーとレコーディングスタッフはRaphael時代にお世話になってたレコード会社に事情を説明し、手探りで何千本ものアナログテープを捜索(時代が時代なのでデジタルデータがない)、そしてテープにつきものの劣化と摩耗で歪んだ音声とピッチとテンポを地道に、ときにデジタルで、ときにアナログで修正してようやく使えるものにした、なんて話がある。

 基本的には大きなアレンジはないが(華月本人のギターテイクだからアレンジしようがない)、YUKIの声質が太く優しくなっていて、まるでテノール歌手のようになっていたことが楽曲に優しさと大人の味わいをもたらしている。

 PVには華月愛用のギターだけがあり、本人がいないのは寂しいが、それも含めの再録であることを感じさせてくれる。



 華月の命日に感じたことと、自分の従兄弟が亡くなったこと気持ちの行き場をどうにか形に残しておきたくてこの記事を書いたのだが、少し感傷的すぎたかもしれない。

 彼が亡き後、そしてバンドも解散したあとも楽曲は生き続けている、それを少しでも感じてほしい。

 そして、日本には早熟の天才ギタリスト、華月がいたということを頭の片隅に入れておいてくれれば幸いである。



(文:アキオシロートマグル)

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