ヘヴィメタル死すべし

アーティスト:Neurosis
アルバム:「Times Of Grace」

90年代はヘヴィメタル冬の時代と言われている。80年代にあれだけチャートを賑わせたアメリカのメタルバンドたちは売り上げの低迷に悩まされ、解散を選んだバンドも数多くいた。
ヨーロッパのバンドはアメリカでの大きな成功よりも、小規模ながらも安定した人気が見込める日本でのマーケティングを重要視し、Big In Japanが笑い話ではなくなった少し寂しい時代だ。
勿論、Panteraというアメリカンメタルの権化というべきモンスターバンドが大活躍したり、北欧でメロディック・デスメタルという新たな潮流が生まれ、アンダーグラウンドからメインストリームに殴り込みをかけたりと全く動きが無いわけではないのだが、どこかインパクトに欠けるという印象だ。ヘヴィな音楽がメタルだけの特権ではなくなり、Rage Against The Machine, Korn, Limp Bizkit, Linkin Parkなど、ヒップホップ、ハードコア、ハードコアテクノが由来のバンドが大活躍し、「メタル」が無いヘヴィが当たり前になった時代だった。
そんな時代に様式美に拘泥し、愚直に進むわけでもなく、アンダーグラウンドの勢いのあるジャンルの勝ち馬に乗ることもなかったバンドがアメリカにいた。その名は「Neurosis」。ポストメタルというどのシーンとの馴れ合いも拒絶した、孤高のヘヴィメタルジャンルを作り上げた開祖である。

Neurosisというバンドは元々、ハードコアパンクを志向していた。事実、1stアルバムをリリースした際はダークな一面を見せるハードコアバンドという印象が強かった。
しかし、徐々にヘヴィなリフが曲に増え、BPMも軽く速くではなく、重く引きずるようなリズムが増えていく。メタリックではあるが、既存のヘヴィメタルに対しては鼻で笑うかのように実験要素がふんだんに使われており(ノイズやドローン、吹奏楽まで)、バチっと決まる気持ちの良いリフなどは皆無。凶暴で威嚇するかのようなリフでリスナーの首元に鋭利なナイフを突きつけくる。
徐々にアンダーグラウンドの世界で存在感を増していったNeurosisは、今回紹介するアルバムの一つ前の作品の5thアルバム「Through Silver In Blood」で完全に地位を確立。Panteraとのツアーやオズフェストの出演で広くリスナーにもアピールし、そして傑作「Times Of Grace」に至るのである…。

少し前置きが長くなったが、アルバムの中身について語っていこう。
アルバム全体を通じて、重くメタリックな世界観が展開される。ずるずる引きずるかのような金属リフ…ヘヴィメタルの気持ちの良いリフではなく、インダストリアルやドゥームといった音楽を彷彿とさせるリフの使い方が多様されている。歌い方もハイトーンやグロウルといった、メタルでよく使用される歌唱法というよりはよりプリミティブな、強いていうならハードコアな歌い方の印象を受ける。この辺りはハードコア出身の特色だろう。
このアルバムは混沌かつ邪悪であると共に静的なパートも用意されている。管楽器やピアノといったアンプラグドも使用され、ゆったりした味付けもしてある。しかしあくまでそれは隠し味だ。さらなる混迷の為の踏み台でしかない。その僅かな静謐ですら、リスナーの心拍音を下げるには能わない。
そして何より、ポストメタルというだけあって、ヒーローをバンドに求めたメタルバンド幻想(速弾きのギタリストやイケメンヴォーカリストにツーバスを踏むスーパードラマー)を真っ向から否定し、ギターやベース、ドラムをただの音を出す楽器としてだけ扱っている。ギターに万能のヒロイズム幻想を一切抱かず、ただ思想の為に使用するだけなのだ。では、その思想とは何か。既存ヘヴィメタルの否定と新たな混乱である。それがこのアルバム、バンドの全てなのだ。

アルバム全体が音楽思想の為にバランス良く作曲されアンバランスな部分は全くなく、外した曲は一切ないが、その曲群の中でも特に白眉の出来は「The Doorway」と表題曲である「Times Of Grace」だろう。
「The Doorway」は今作のイメージを決定づける切込隊長のような役割を果たしている。これまで散々訴えてきたNeurosisのイメージ(重いリズム、金属リフ、ダークな世界観)そのものである。ヴォーカルの咆哮もゾクゾクするほど美しい。
「Times Of Grace」は丁寧に紡がれたイントロから、一気に濁流のように流れ込むようなリフとリズム隊のイカれた一体感がとにかく興奮の一言。後半での、ドゥーミーで不穏な空気を残していくアウトロを含め、圧倒的な説得力である。

「Times Of Grace」はもしかしたら、熱心なメタラーからは否定されるアルバムかもしれない…というか否定されてしかるべきだ。なぜなら、彼らは否定されることにより自分たちの音楽がメタルの長い歴史の中に楔を打ち込むことということを確信しているからだ。ブラックモアのようなキャッチーなリフもなければ、インギーのような速弾きギターもない。プラントのようなスーパーヴォーカリストもいないし、華のあるイケメンメンバーもいない。しかし、このアンダーグラウンドからの侵食者は華々しいヘヴィメタルの歴史をそのアイディアと執念により価値観の転換を成し遂げてしまったのだ。
ヘヴィメタルの破壊者、そしてNew Values MakerとしてのNeurosis。ヘヴィメタル信奉者全てに聴いて、激怒して欲しい一枚。


(文:ジョルノ・ジャズ・卓也)







追記:ポストメタル

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